代々木公園、本日は晴天なり |
壁に描かれた鯨、並ぶ洋服 |
大量のカバンを売る人 |
近々個展をひらくという人 |
並べられたスニーカー達 |
ニット帽を買ったところで |
その日一番話した人 |
はじめに撮らせてもらった女の子4人組 |
カラフルな傘の下 |
最高で50円、安っ |
アイディア豊富な出店、じゃんけん割引 |
代々木公園でフリーマーケット(以下、フリマ)が行われた。
僕はこの日が人生初めてのフリマで
とてもドキドキしながらカメラを手にして原宿駅から
少し足早に代々木公園へ向かった。
到着してまず驚いたのが人の多さ
いらないモノ(この日はレディースの洋服が多かった)を売る人
買い物をしに来た人、なんとなくぶらっと立ち寄った人、、
ここ代々木公園にいる理由は様々だと思うが
今回はその中から「いらなくなった服を売る」という行為に
注目してフリマを見ていきたい。
僕は今まで自分の服を売ったことがない。
着なくなってしまった服は実際いくつかあるが
本当にそれが「いらない」に繋がるかといったら
そうは思えなくてクローゼットに閉じ込めたままになっている。
「いつか着るだろう」そんな状態が続いているのだ。
それでもフリマで私服を売ろうという思いに至らなかったのは
「服を作る人→売る人→身に纏う人」
ここまで来るのには、たくさんの人との繋がりであったり思いが
必ず関わってくるからである。
それが、ブランド品であろうと古着であろうと同じコトだと思う。
その「→」の先を見つけ出すのが今回でいえばフリマであって、
売る側というのは、買ってくれる人に大切に使ってもらえるような
アプローチをしなければならないのではないのだろうか。
もし僕が、出店するのであれば
「なぜ自分の服を他の誰かに受けつなぎたいのか」
「自分の服を売りに出すことによる買い手のメリット」
を明確に提案できるようにしなければな、、と
相変わらず堅い頭で悶々と考えていたのである。
みなさんは
「終了時刻に向かうほど値下げされていく服」
「いらない服を売るという行為」
に対して、どんな考えをお持ちですか?
area:代々木公園